2018年6月18日月曜日

NO 237 「茶人伝23」千少庵ってこんな人



千少庵



安土桃山・江戸前期の茶人。



1546年~1614年9月7日

 

千少庵は、千利休の養子にして女婿。千宗旦の父だそうです。

通称、吉兵衛、法号は宗淳のようです。

少庵は、春屋宗園禅師から授けられた道号だそうです。

利休賜死の後、千家を再興する中心人物だとか。



実父は能楽師の宮王三郎三入みたいですが、松永久秀説もあるとか。



母・宗恩が利休の後妻に入ったため、利休の養子となったようです。

義兄の道安とは同い年だとか。



先天的に片足に障害を持っていたそうです。

また、相続関係の資料から千家内での立場が弱かったみたいです。



妻は利休の娘・お亀で、二人の間には宗旦(兄)と山科宗甫(弟)が生まれているとか。



墓所は大徳寺聚光院にあるそうです。

竹花入銘園城寺は少庵に与えられたものでみたいです。





■夫婦の関係

少庵夫妻は不仲だったようで、

利休自刃前に、妻(お亀)は少庵の家を出ていたようです。



それを少庵もかくべつ意にもかけていなかったそうですが、

一乱が起こったので狂乱して舞い戻り、

子の宗旦と一緒に死ぬ覚悟で籠居したみたいです。



やがて少庵が許されたので、何事もなく済んだという話みたいです。

当時は「女の処存比類無き事」ともっぱらの噂になったようです。

0 件のコメント:

コメントを投稿