足利義政
1436年1月20日~1490年1月27日
室町幕府第八代将軍・足利義政は、文化面では功績を残しているそうです。
庭師の善阿弥や狩野派の絵師狩野正信、土佐派の土佐光信、宗湛、
能楽者の音阿弥、横川景三らを召抱え、東山の地に東山殿を築いたようです、
銀閣に代表されるわび・さびに重きをおいた、この「東山文化」では、
初花、九十九髪茄子など現在に残る茶器も作られたそうです。
茶道は、村田珠光に師事したようです。
『山上宗二記』珠光一紙目録によると、
珠光は、義政に茶道指南として仕えた、ともされるそうですが、
年代の矛盾から、現在の茶道史研究では基本的に否定されているみたいです。
『山上宗二記』に、
「夫れ、茶湯の起こりは、
普光院殿(足利義教)・鹿苑院(足利義満)の御代より、
唐物・絵讃等、歴々集まり畢んぬ。
其の頃御同朋衆は善阿弥・毎阿弥なり。」
とあるそうです。
同じく『山上宗二記』に、
従来の遊興にあきてきた義政が、能阿弥に対し、
「何カ珍敷御遊在ヘキ」
と尋ねたところ、
「コノコロ南都称名寺ニ珠光ト申モノ御座候、
此道ニ志深ク、三十歳已来茶湯ニ身抛」
と答えたため、
市井の茶の湯の名人・村田珠光を召し寄せ、
師匠と定めて一生これを楽しんだとあるようです。
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